1994-11-29 第131回国会 衆議院 世界貿易機関設立協定等に関する特別委員会 第8号
公共施設の整備につきましては、村の第三次総合振興計画の大事業であるセンター地区構想の実現を図るため、役場新庁舎の建設、運動施設及び運動公園、宅地分譲地の整備等、一定程度の整備を図ってまいりました。
公共施設の整備につきましては、村の第三次総合振興計画の大事業であるセンター地区構想の実現を図るため、役場新庁舎の建設、運動施設及び運動公園、宅地分譲地の整備等、一定程度の整備を図ってまいりました。
○竹村委員 東京にもケアつき住宅の建設運動をしている人たちがおりますけれども、民生局と建設局の当局者、そして身障者が多数参加して、検討会がつくられているようですね。 スウェーデンにフォーカスアパートというのがあるのですけれども、そのことを紹介した、御自分も身障者で、イエテポリ大学のプラットゴード博士という方の大変いい論文があるのですけれども、こういうことを書いておられます。
ですから、これは予算の問題に関係をするから、これからも強く要求をしなければなりませんが、私どもの考えでは、いま公民館の建設運動というものがやや全国的に終了したように感じます。その後図書館をつくろうという運動に入ってきている。各県、市町村が郷土史を研究して、郷土の村史等々をつくっているところが非常に多い。そこで、古い自分の郷里の歴史をいろいろと尋ねる。そこに考古学が必要となってくるところが多い。
そこで実は時間的な問題も田中法務大臣の答弁の中ではないわけですから、具体的な問題としてひとつ伺いたいのですが、実は日本民主青年同盟とグエン・バン・チョイ病院建設運動連絡会議、これが共同でベトナム民主共和国の青年の代表と、南ベトナムの臨時革命政府の統治下にある青年代表、つまり南ベトナム解放青年同盟の代表を招待し、その入国のためにビザの申請を行ないました。
昔は役場の産業課なんかであまり計画や何か立てることをしなかったですけれども、例の新農村建設運動以来、ともかく計画を出して補助をもらって施設をつくるというくせがついて、有能な人が実はぼちぼち出始めてきております。これは県にも出ておるし、町村にも出ておる。
国道三四号線の市内における幅員は、歩道四メートル、車道十二メートルのもので、一日の交通量、自動車約一万四、五千台、自転車関係約一万台を見ますとき、現在の幅員においてはやはり狭く感じられ、地元のバイパス建設運動も当然でありますので、当局のこれに対する配慮を大いに期待するものであります。 次に、天草連絡架橋の計画の概要について申し上げます。
それから戦争混血児の日本留学生優先受け入れの寄宿舎建設運動として、今度約二億円目標の運動を起こしており、また文化交流といたしましては、東南アジア諸国留学生等の交流、親睦会を四回にわたって開催しておるとか、東南アジア諸国留学生の寄宿舎や日常生活の援助、その他諸種の事業を非常に意欲的にやっておる協会でありまして、この点につきましては経験も豊かであると考えておる次第であります。
○河野国務大臣 私は御承知のように建設大臣になります前に、農林大臣をたびたびやりまして、新農村の建設運動とか、農業改善運動とかいうような運動に挺身をいたしました。当時はこの自分の考えを、来たるべき農村の再編成、農村の将来のあり方として絶対自信を持って当たっておりました。ところが、建設大臣になりましてから、最近考えさせられますことは、抜けてるものが一つあったということであります。
世界平和確立のために世界連邦建設運動というものが、現在、共産圏はあまり入っていないようですが、それを除く世界各国民の間において熱心に行なわれており、毎年世界大会というものが開催されておりますことは、大臣の御承知のとおりであります。
京都の私が発言をいたしました講演会は、ただいま申し上げました新農村建設に関する全国の推進母体ともいうべき各府県の大学の先生方、それに、各府県の新農村建設運動推進顧問という方々の、いわばわが国内における農村の有識指導階級の方々のお集まりでございます。東大の茅先生と私が講師に頼まれて出たのでございます。その際に、世界がだんだん変わってくる。EECの問題もある。
○国務大臣(河野一郎君) どう申し上げたらよろしいか、今度やることは、この前の新農村と同じようなものじゃないかということを第一に指摘して御批判のようでございますが、私は、前回行なわれました新農村建設運動につきましても、全国に、非常にこれを徳として、このために非常によくなっておる村があるわけでございます。
○河野国務大臣 実は来月の十日、十一日にも京都でこの前の新農村建設運動当時の熱心な研究者、学会の諸君がお集まりになって、反省もしくは事業の報告会を開くことになっております。全国的に言いますとほとんど問題になっていないこの前の運動さえ、一部にはそういうふうに非常に強く支持され、実を結んでおる面もあるわけであります。
○河野国務大臣 五年前に新農村建設運動計画というものを私が立てまして、全国の市町村に呼びかけて実行いたしました。ところが今お話しの通りに、金は確かに五カ年間、私がやめまして後も引き続き行っております。ところが指導の面において、多少遺憾な点があった。それをまた受け入れる地方の市町村もしくは団体の方にも、これに対する誤解があった。
○河野国務大臣 ごもっともな御意見でございまして、実は、前回、私は、新農村建設運動を起こします際に、その点に最も力を入れて考えていくべきではないかということで、中央地方を通じて委員会を作ってあらましの案を作っていきたいということを考えて始めましたが、半ばにして私大臣を退きまして、そうして結果は必ずしも所期の目的通りいかなかった。
たとえて申しますれば、農業の多角化、高度化というようなふうにして参らなければならないだろうと考えまして、前回農林大臣の際に、新農村建設運動を展開いたしましたが、多少これとは内容は異にいたしますが、全国の三千数百の農村を個々に、それぞれの適地適作と申しますか、適当なものを経営していただくというようなことにして、一つ一つ村について構造の改善を願い、これに対して政府は協力していくというふうにして、そうして
河野農相の時代に、新農村建設運動、そういうようなものが展開されたのであります。そのときに言った言葉を実はいろいろ記憶をいたしておりますけれども、私は、それを少し拡大してそうしてやったのがこの農業基本法のように考えられてなりません。しかし、あれはやはり政府において機構その他を一つも整備をしないでああいうようなことをお始めになったんで、私は効果が上がらなかったんであろうと思います。
第十条というものを見ますと、これについては、たとえば山口神社建設運動というふうなことがかかりそうでございますけれども、山口神社建設運動というものでありましても、たとえば山口という人間が浅沼委員長を刺したからそこで神社を作るというのではなくして、よく責任をとったから神社を作るのだというふうに言ってしまえば、結局第十条にもかからないということになるのではないかと思うのであります。
そういうように名称の対策があるわけでありまするが、特にこの新農村建設運動等が推進されるに関連いたしまして、農村の通信機関といたしまして、御案内の有線放送電話施設というものが相当に普及をして参りました。このために、これを利用いたしまして農産物の市況か二せいに伝達するとか、あるいは恵まれない人々に対する通話の便益を与えるということが進んできております。
交通の問題については、また運輸委員会でお尋ねいたしますが、通信の問題に関連いたしまして、先に同様の趣旨に基づきまして、新農村建設運動というものが強く政府の施策として推進されまして、相当の効果をあげてきていると思います。その具体的な施策の一環として有線放送事業というものが取り上げられておりますことは御承知の通りなんです。
それから次に、こういう特定郵便局で扱う業務が非常に多岐多端にわたるわけですから、現在の日本の特定郵便局の数は欧米に比べると非常に少ないというように私は統計上なっておるように思うのですが、もう町村合併もどんどん進んでおるし、新農村建設運動もますます進んでおるのですから、そうなれば、郵便局というものも増局しなければならぬことは当然の勢いだと思う。
なおお尋ねの第二点でございますところの、今後の新農村建設運動の方向をどこに持っていくかという点でございますこれは事業といたしましては、先ほど申し上げました通り、昭和三十一年に開始されまして五年目で指定を完了するわけであります。これをもちまして全国の全体の農林漁業の地域というものの指定が完成いたしまして、あとは自動的に仕事が続けられてやがては終わるわけでございます。